2015年4月アーカイブ

当時の私は27歳。福岡での人脈は全く無く、先代の判断で(一財)福岡青年会議所に入会

する事になりました。 世間的にはJCと言われている40歳未満の社会人による地域奉仕を

目的とした団体です。

入会説明会の会場で、すらっとした体格にぴったりと合ったグレーのスーツを着こなし、

おしゃれなヴィトンのビジネスバックをスッと座席の下に置かれたスマートな方が隣に座りました。

「おしゃれで清潔感のある方だな。」と感じ、当然初めての出会いでしたので名刺交換をしました。

その方が株式会社プライム福岡の川崎慎吾社長でした。

私の今の経営スタイルになるきっかけを与えてくれた方との出会いです。

福岡JCはとても体育会系の団体です。

入会した新入生は伝統的行事として、新入生だけで企画立案、実行する恒例のイベントを

行う決まりになっているのですが、同時期に入会した川崎社長とはイベント準備期間に

今よりも多くの時間を共にしていました。

当時の私は会社にも入社したばっかりで、経営者としてのスタイルも定まっておらず、

先代の経営スタイルをマネてはいるものの自分の中では違和感も同時に感じている時期でした。

社員との接し方も先代を真似て、今よりも距離感のある接し方をしていましたし、当時は

それが自分にとっても正しいとも思っていました。

ある日、同期生みんなで準備をしている深夜遅くに、自分の会社に関する話題になりました。

川崎社長の会社では社員と社長の関係が非常に近く、半ば友達感覚にもなりそうな勢いで

非常に風通し良く社員と距離感を保っているとの話に当時の私は驚きました。

「社長と社員がそんな対等に接していて組織が成り立つのか?」

「そこまで社員を信用して任せて、万が一何かあった時は大丈夫なのか?」

と話を聞いただけでは非常に疑問でしたし、その時は川崎社長の事も心配しました。

また、当時、川崎社長は経営している飲食店のビルの建て替えも同時に行っていました。

今までの飲食店を一時休業にして、ビルを解体し、隣地も購入して新築するという内容です。

当然、休業中は売り上げもありませんし、完成してお客さんが入るまでは収入が入りません。

投資額も小さいものではないと思います。

「同じ場所に飲食店を一時休業してまで、建て替えて、ましてやそれにかかる借り入れも

そんなに小さな金額でもないだろうに、大丈夫なのかな?上手くいくのかな??」

と、出会った頃の私では川崎社長の経営方法もスタイルも理解することができませんでした。

ですが、後になって川崎社長が言っていた事や、やっていた事が分かるようになりました。

私が後に理解した場面は次回に書きたいと思います。

また、今回、川崎社長の名前を本人の許可も取らずに勝手に載せてしまいました。

事後報告で許可をもらいますが、勝手に書いちゃいました川崎さん!(笑) 許して(>_<)

私と先代社長は鏡で見たかのように性格は正反対です。

何故、入社当初、社員のみんながロボットのように私は感じられたかというと、

会社の社風がそのようになっていたからだと思います。

先代社長は根っからの創業社長タイプです。

祖父の混乱した相続の中から会社を整理し、社長と現在の専務と経理部長と経理部員の

4名で会社を再スタートさせました。

0からのスタートではなくマイナスからのスタートでした。

毎日が綱渡りで先代社長も昔話しをする時に、会社を始めた時は2週間ごとくらいに

資金繰りの心配をしていた。というくらい最初は大変だったそうです。

そんな状況ですから社長がフル回転して、なんとか1ヶ月間を乗り越える。

そんな毎日だったと思います。そんな脆弱な会社ですから判断を一つ間違うだけで

命取りになってしまいます。だから全ての判断を社長が下していました。当然です。

そうやってフル回転で判断しないと会社が無くなるかもしれなかったからです。

それから少しづつ軌道に乗り、佐世保、福岡、佐賀と先行投資して出店していきました。

まず広く攻めて、その後深堀りしていくという戦略です。また不動産としては

後発組であったためエリアを広げてやらないと、勝てないと思ったからです。

エリアが広がれば社員も増え、売り上げも増え、管理も増え、トラブルも増えます。

一人で観れる範囲の限界を超えていたのですが、それでも全て社長が最終判断を

していました。そして先代は性格も個性的ですから、社員に対して指示を出すのですが、

指示した以下の内容では当然怒りますが、指示した以上の内容をしても怒るのです。

とにかく社長の指示を徹頭徹尾守る。これが社員が真面目だけど人間味を感じられない

一番の原因でした。

私は先代の経営スタイルを批判するつもりは全くありません。

むしろ創業期は先代のようにしていないと成り立たないと思います。

もし創業期の社長が私だったら先代のように乗り越えられなかったでしょう。

しかし創業期の一グループ程度の人数から数十名という会社組織になっていくと、

一人の人間ができる範囲を超えていました。

いわゆるワンマン経営から組織経営へ移行の時期に来ていたのです。

ちょうどそんな時期に私は入社し、会社の内情を把握している時期でした。

経営のスタイルがまだ見つかっていない私は父のスタイルを真似ていたのですが、

しっくりきませんし、上手くいくはずもありません。

経営の勉強を独学で模索している時に、福岡でとある経営者と出会いました。

その人との出会いが私の今の経営スタイルのきっかけを作ってくれたと思います。

次回は現在の経営スタイルの出発点となった、方との出会いです。

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