log.108 経営編 ~社史2~

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祖父が63歳という年齢で急死し、本人も自分がその年齢で死ぬことは全く予想もしていません

でしたし、当然周囲の誰も想像していませんでした。

当時、父は大学卒業後、どこかの会社に就職する予定だったそうですが、祖父から家業を

手伝うように言われ、長崎に帰ってきて飲食業の現場を取り仕切っていたそうです。

会社全体の経営の内部には全く触れていなかったので、祖父が急死し全く分からない状態から

の相続となりました。

当時、祖父は個人資産を多く所有していた上に、相続対策も全く行っていない状態でした。

そのため、多額の相続税がまともに発生してしまったのです。

相続税で多額の納付を行った後に、日本はバブル景気に入ります。

バブル時期に資産を再度増やそうといくつかの投資を行ったのですが、その後バブルははじけ、

更に資産は減少してしまいました。

そこで現在の福徳不動産の原型となっている祖父が創業した「福徳商事」という会社を

数年間かけて再構築していきます。

その時点で時代にそぐわない、金融業、飲食業は整理し、廃業しました。

そして祖父が残した不動産資産で昔の大家業をしていたのですが、「今後は不動産業も

整備化され、不動産管理業が定着するはずだ!」ということで平成12年に「福徳不動産」を

設立します。

また、平成10年に介護保険法が改正された時に、祖父が設立していた福祉事業の保育園に

「これからは高齢者福祉事業も必要とされる!」ということで、高齢者福祉事業も社会福祉法人

の中に立ち上げ、平成13年には株式会社でも高齢者福祉事業を運営する「株式会社サポート」

を設立します。

この再構築を行っている当初から、軌道に乗り出したら早々に父は社長職を後継者である

私に継承できるように会社を構築していました。その考えに至った大きな要因が祖父が急死した

事による自身の苦労が大いにあったと思います。

福徳不動産は不動産管理会社としては業界の中でも、後発組であったため、

急拡大することを、父の性格も伴って行っていました。

現在と比べると、ものすごく荒削りな新興企業でお金も無く、苦労をしていました。

そんな再構築からスタートアップ時期の会社設立から10年が経とうかとしている時期に、

私は福徳グループに入社しました。

入社するまでに時間を多く用してしまいましたが、その後の社長交代の大きな要因として

会社の歴史があることから書かせていただきました。

次回で入社初日をちゃんと迎えます(笑)

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このページは、社長が2015年2月26日 11:35に書いたブログ記事です。

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