約3年に及ぶ私のこれまでの半生をつづるテーマも今回で最終話となりました。

今回はまさに今の心境です。

正直に今の心境を書いてみると、これまで綴ってきたような自分に比べ、だいぶ余裕が

できたと思いますし、大抵の事には動じなくなりました。

私が社長になってから作り上げてきた会社は、昔とは一変しています。

軸に据えているのが、一人一人の社員が自分に合った仕事、やりたい仕事ができる

環境を作り、本人の可能性を本人に引き出してもらうやり方です。

ですから私は社内で行われていることに、ほとんど口出しをしていません。

これは以前の自分にはできませんでした。

何故か?その理由は二つあります。

率直に昔は会社にお金が今よりも無かったからです。

金銭的余裕があるのと無いのでは、心の余裕は大きく違います。

貧すれば鈍する。貧しければ余裕が無くなって当然なのです。

もう一つは私がみんなを信用している度合いが、向上したからです。

本当に以前に比べれば仕事の品質が格段に上がりました。

信用とお金。この二つがあってこそ今は、ある意味、放任経営が出来ていると思います。

しかし、この放任経営ができるには必ず必要なものがあります。

それは社長が扇の要のように、社員全員の意識を根幹で束ねていられているかどうかです

社員にとって親とも言える絶対的な存在であり、信用であったり、自分の仕事を

預けられるかどうかに足る人物であるかということです。

私は社員は家族ではなく、ファミリーだと言っています。

どっちも一緒じゃないか!という話ですが、私にとって家族というと実際の家族のように

どんな事があっても縁の切れない、お互いを意識し合う存在という感じですが、

ファミリーというと映画のゴットファーザーPART1でマーロンブランドが演じた、

ボスのように親族以外の人もファミリーとして一家の中に存在し、同じ目的のもとに

行動をする。

親族以外の人も多数いる中で、ファミリーの中の掟にのっとって、行動する。

ファミリーを侮辱する者は許さないが、ファミリーの掟を破る者も許さない。

血を超越した他人同士の同族意識による結束かと思います。

その意識の束ねたのが、ファーザーであり、社長なんじゃないかなと思います。

昔の私は意識を束ねられていなかったと思います。ただのリーダー役。

まだ、上述したような社長にはなれていませんが、最終的には意識の象徴のような

存在になれれば、いくら会社が大きくなっても瞬時に動けるような中小企業スピリット

を持った企業体になれるんじゃないかなと思います。

私はリーダーがいつまでたっても、指示をし続けないといけない組織は、

いつか止まってしまうと思います。

無限に広がるためには、一人一人が独立した意識を持って自分の担当している仕事を

広げられるような環境を作ることだと思います。

そして社長は十歩、百歩先を読んで広がりに目安をつけて、広がりやすいように

先行投資を行っていくのが仕事だと思います。

私が現在考えている経営者の目標とする境地は「融通無碍」

全ての事象を自然体でこなせる様になれたら、本当に無限の広がりが作れるのではないかと思います。

しかし、そんな境地にはまだまだ遠く及びません!

これからも日々精進ですね!

私の半生の振り返りも一旦は今回までとさせていただきます。

半生というか反省ばかりでした('◇')ゞ

次回からは読み切りの文章へと戻ります。

131話からはリニューアルしてアメブロに掲載いたしますので、暇つぶしにでも

興味がありましたらお読みいただければ幸いです。

http://ameblo.jp/fukutokug/?frm_id=v.mypage-ameblo--myblog--blog

それではまた次回、お会いしましょう!

今回は中編ということで社長になってから1~2年経験した頃の自分です。

ちょうど社長になったころの前後は、前回でも書きました通り若さゆえに燃え上がっており

周りが見えていない自分がいました。

自分が思い込んでいた予測と結果が異なることもしばしばありました。

一番多かったのは社員の考えだったかもしれません。

私は「この社員はおそらくこういう風におもっているだろう」と思っていたことが

結果としては違う考えで、方向性の違いが生まれたり。

その時は期待感の反動で、感情から理由を自分以外の事象に求めていた自分がいました。

簡単に言えば言い訳です。

しかし、その様な経験を重ねていくうちに、形は違えど予想通りに進まない事が

何度もあると自分を振り返るようになりました。

そうすると、冷静に考えて相手の立場で考えてみると、そりゃそうなるよな。

と考え直すようになり、私の考え方や行動も変わっていったように思います。

今の私は経営は心理学と思っていますので、その頃から人の心理というものを

深く考えるようになりました。

新卒採用にしても学生の皆さんの心理を突き詰めていくと、今の形になりました。

会社の仕組みも社員のみんなが、どうすれば心の負の負担を感じずに仕事ができるのか

を考えていくと今の形になりました。

それはこの中編の頃の30歳当時の私が思い直していた考えが基になっていると思います。

今考えるとあの頃に今の心境があれば、今頃この辺がもっと楽だったろうなと

考える自分がいます。

ですが、その様な思い返しを今後も続けながら自分の成長、ひいては会社の成長に

つながっていくと思います。

そんな今の考えの土台ができてきたのが30歳前後の頃の私です。

次回は30回シリーズの最終話でまさに34歳の今の心境を書きたいと思います。

100回目からつづってきました私の短くもありますが、半生から現時点での会社経営に関わる

事も一旦は30回目で区切りとしたいと思います。残すところ3回。

私の考え方は100話めから読んでいただければ、背景にあるものはなんとなくご理解いただける

かなと思います。

経営者となってからの変化をダイジェストで前編、中編、後編と3回に分けて書こうと思います。

経営者になってすぐの心境ですが一言でまとめると

「経営者の心は本当にトップに立たないと分からない」ということです。

これは前述したことの繰り返しになりますが、いくら様々な経験を積もうが全く次元が違うことです。

社長就任時当初の今までと何一つ変わらない日常が、社長の椅子に座ったとたんに

背もたれの裏が断崖絶壁に立たされているような感覚は今でも思い出します。

当時はそんな心の内を誰にも悟られないよう、平然を装っていました。

振り返ってみると若さゆえか、隠そうといきり立っていた自分もいたことを恥ずかしく思います。

しかし、今はそんないきり立つことも必要ではないかなと思います。

若い人たちが情熱をもって、子供ながらに背伸びをして自分を大きく見せようとすることは

本来で言えば至極当然のことだと思います。

たいして分かってもいないのに、変に冷静に対応しようとしている方が、私は違和感を感じます。

今でも私の中には、そんないきり立った自分も同在しています。

「自分が他の経営者に負けるわけがない」 「俺が社員全員に共感してくれるなら最高の

舞台を用意してみせる」 「うちの社員が負けるわけがない」

そんな荒々しい自分もいます。そんな自分は経営者なりたての頃と何も変わってません。

ただ、いくらか経験を積んで外に表現するときはマイルドになったかなと思います。

上記のような想いを抱けずして、トップになっても社員のみんなは直ぐに見透かしてしまいます。

経営者は誰しも心に秘めていると思います。

経営者なりたての若さゆえの勢いも必要です。失敗することもあるかもしれませんが、

失敗しないように最善の注意を払った上での失敗は、必ず良い肥やしになります。

とにかく最初は少々恥ずかしいくらいに燃え上がることです。

しかし、ただただ燃え上がっていきり立つだけでは、次第に人は離れていきます。

中編ではその辺を書きたいと思います。

さて今回も私が愛読している本のご紹介。

まず一冊目にご紹介するのは

「幾山河」 瀬島龍三

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この本は今ではおそらく絶版になっているのではないかなと思います。

商社である伊藤忠の中興の祖である越後社長の右腕として辣腕を振るい、繊維の伊藤忠から

総合商社へと変貌させ、後に中曽根内閣の臨調会議にて土光会長のもとで電電公社の

解体への道筋など戦後日本の総決算を実行した中心人物である瀬島龍三さんの回顧録です。

中身で言うと詳細まで語られていて回顧録として非常に重みのある内容で大好きな一冊です。

日本の経済人の歴史の中でNO.2の役割では瀬島さんが象徴とまでされている人物ではないか

とも思います。太平洋戦争時の参謀本部所属~シベリア抑留~伊藤忠時代~臨調会議と

波乱に満ちた人生は下手な小説より面白いです。知らない方は山崎豊子さんの著作

「不毛地帯」をご存知ですか?主人公の壱岐正のモデルとなっている人ですよ。

「貞観政要」 呉競

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中国古典の帝王学としてはこの貞観政要が挙げられると思います。

唐の時代の名君「李世民」とその家臣たちとのやり取りの中で生まれた帝王学をまとめたものです。

有名な一文は「創業と守成といずれか難き」と家臣に問う一面です。

唐という巨大な国家を統治するうえでの主君としての心得、家臣としての心得は現在の

企業経営にも大いに通じると思いますし、これこそ歴史に学ぶだと思います。

「ストーリーとしての競争戦略」 楠木 建

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ベストセラーにもなりましたし、著者の楠木さんも様々な場面で講演をされていますね。

私も講演を聞いたことがあるのですが、全く学者さんらしくなくてとてもフランクに面白く

講演をしてもらいました。内容はシンプルに言うと経営者はハッキリ言って向き不向きである。

向いていない人が経営してもケガするだけ。色々と考えるだけ無駄。という内容です。

一つの物差しが向いている人は実に楽しそうに自分の経営ビジョンを語って、周りの人を

その気にさせる。向いていない人は周りも話を聞いてもワクワクしない。というものです。

私もその通りだと思います。経営者も色々なタイプがありますが、そもそも向いていなかったら

自分も社員もかわいそうです。あれこれ考えたり、言う前にそもそも向いているのか?

ということです。

「スティーブ・ジョブズ」 ウォルター・アイザックソン

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これもベストセラーですね。著者の詳細なインタビューに基づく伝記です。

まぁ、この人の人生は小説より面白い。たぶん一緒に仕事したら理解不能なんでしょうけど、

ここまで振り切らないとアップルの革命は生まれませんよね。

まさに現代社会のスマフォの礎を作ったジョブスの人生は波乱ですね。

もし今生きていたら何を生み出していて、アップルという会社は今のアップルだったのかと

想いを馳せてしまう本です。分量はありますがあっという間に読み進めてしまいました。

以上が今回のご紹介です。

古典も織り交ぜて片腕や経営者の考えに焦点を充ててみました。

もし読んでいない本がありましたら、ぜひ読んでみてください!

今回も私が本を読み漁っていた時期に、今の自分の経営哲学のようなものに大きく影響を

与えたものをご紹介したいと思います。

「ドラッカー名著集」 P.F.ドラッカー

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少し前に「もしドラ」といってドラッカーの哲学をある女性マネージャーに例えた、初めて読む方でも

分かりやすく解説したかのような本がベストセラーになりましたよね。

ドラッカーの著書の中でも色々と編纂されたものはありますが、「チェンジリーダーの条件」などは

エッセンスが集められていて私も非常に参考にしました。

ケインズとか古典的経済学とは違い、マネジメントの心理学に焦点を当てたような哲学で、

いつの時代にも通じる経営哲学がちりばめられていると思います。

「朝令暮改の発想」 鈴木敏文

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セブン&アイ・ホールディングスの元絶対的カリスマ経営者ですよね。

少し前に退任騒動でマスコミにも取り上げられていましたが、セブンイレブンを日本一の

コンビニに育て上げ、ATMのコンビニ導入や、おにぎりの味の追及など、コンビニエンス業界を

引っ張ってきた方だと思います。著書を読むと分かりますが鈴木さんは一貫して経営とは

心理学だと述べられています。顧客が望むものも欲しいという欲求の心理。

また社内の統治に関しても結局は人であり、人の心理によって行動もすべてのものも

変わってくるという考え方です。

私もまったくその通りで、いかに不動産の未経験者の場合、どのような心理で不動産に関わりを

持つことになったのか?とか社内でも皆がどのような心理で業務ができれば心の底から

納得してできるのか?などをいつも考えています。

「稲森和夫の実学」 稲森和夫

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これは京セラ創業者の稲森さんが経営の観点から捉えた、経理に対する考え方です。

経営者で常日頃、経理の数値報告をいかに自分のイメージに近い形で報告を受けるように

するのか?などと考えていると非常にこの本の中に書かれていることが理解できます。

どうしても経理職というのは専門職であり、ある種、職人の気質があります。

経営者の皆さんであれば経験があると思いますが、経営者は大まかな数字を知りたくて、

数百万単位のざっくりとした数値状況を経理から聞きたいのですが、経理職の人は

普段から一円単位で勘定科目を合わせていますので、数百万単位のざっくりとした報告を

行うことを嫌がる傾向にあると思います。また数百万のズレが生じる報告を恐れる心理も

あると思います。他にも経営的観点から見た数字と、経理的観点から見た数字というものは

違ってきます。そんな経営者が悩む経理というものを経験をもとに述べられていて私は

経営者駆け出しのころに非常に参考になりましたし、経理の管理職にも読んでもらいました。

「Den Fujitaの商法」  藤田 田

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日本マクドナルドの創業者ですね。ソフトバンクの孫社長が高校生のころ、アポなしで

藤田社長のところへ何度も訪ねて、ようやく面会してもらい、今後のビジネスで何を取り扱って

いくべきか尋ねたところ、インターネットやITの分野を教示し、その後のソフトバンクに

つながっていったというのは有名な話ですよね。

まさに読んでいくとマクドナルドを創業して、「もはや戦後ではない」という日本の高度経済成長を

象徴したものといっても過言ではないほどの破竹の勢いを感じる非常に勢いのある文書です。

当時の藤田社長の勢いを感じられますね。アメリカに非常に通じていて最先端のものを

取り入れていたと思います。晩年の苦戦した時期もあり無念もあったかと思いますが、

一番乗りに乗っている企業の経営者を垣間見える本だと思います。

以上、今回は四冊をご紹介。

もし、読んだことが無い本がありましたら、是非読んでみてくださいね!

私は経営者として自分の考えをまとめるために、様々な本を読み漁りました。

人は本を読んで印象に残る文章に、線を引いたり付箋を付けたりします。

立派な経営書なので素晴らしい文章には万人が付箋を貼ってもおかしくないのに、人それぞれ

印象に残る文章はバラバラです。

それは何故かというと、本を読んで付箋を付ける個所というのは、元々読み手の人にとって

頭の中にモヤモヤと文章にはできない、意思や考え方があるものの、それを言葉に出せるほど

固まっていないものが、本に書いてある自分が共感できる文章によって自分のモヤモヤと

したものをハッキリと示してくれるから、人は印象に残るのではないかと思います。

だから読み手によって考え方が違うので、付箋を貼る場所もバラバラなのかなと思います。

そんな私が過去たくさん付箋を張った本を今回はご紹介したいと思います。

経営者であれば誰しもが読むような王道の本ですが、分かりやすくて私が何度も読む本です。

1. 「小倉昌夫 経営学」

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ヤマト運輸二代目社長であり、日本に宅急便を生んだ偉大な経営者の反省と経営哲学が

書かれた本です。それまでの大口配送しかなかった日本に家庭にも配達をするという小口配達

を周囲の反対を押し切って、切り開いた方です。他にも大規模権力に真っ向から対立していく

精神など非常に学ぶところがたくさんあって、私が一番好きな本です。

2. 「ブルーオーシャン戦略」

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経営者であれば誰しもが読んでいる本だと思います。先ほどの小倉昌夫さんの宅急便を

生み出すような、世の中に無いものを生み出し顧客の満足を得る戦略です。

私は小さい頃から性格が悪くて、人と同じことをする事が嫌いなので非常に共感できる本です。

3. 「イノベーションのジレンマ」

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これもまた誰しもが読んでいる本だと思いますが、ブルーオーシャン戦略のその後、のような

本ですよね。客はすぐに慣れるもので顧客の要求に答え続けていると、いつの間にか

新しいものを切り開けなくなる構造と、それを打開する方法を提言している本ですね。

今回はこの三冊をご紹介。

他にも珠玉の本はたくさんあるのですが、すべて一度で紹介しているとキリがないので、

この辺で。またご紹介したいと思います!

私が経営者としての基本的な考え方を作り上げるのに、一番大きな役割を果たしたのが、

29歳の時に毎月東京に通って経営に関する勉強をした「狸穴塾」(まみあなじゅく)という

経営塾に入塾した事でした。

私にとって一番感謝している経営者は父で、一番尊敬している経営者は塾長である

藤原謙次(ふじわらけんじ)塾長です。

この塾がどのような経営塾かというと、現在はイオングループに統合されてしまいましたが、

スーパーの「ダイエー」で元営業本部長をされ、その後、コンビニエンスストアのローソンを創業し、

次に化粧品会社の「ファンケル」の二代目社長となり、現在はIT業界の「カカクコム」、

ドラッグストアの「サンドラッグ」の社外取締役をされている塾長が、年間に日本全国から

7名のみの塾生を集め、塾生同志で意見交換をして、塾長のこれまでの経営経験から

培った経営論を教示していただくという塾でした。

講義の内容は小難しい、数字の事やマーケティングなどではなく、人として経営者としての

哲学を学ぶような講義内容でした。

また、ただただ座学の講義をするだけでなく講義の後はお酒を交えた懇親会で、塾長と

塾生が経営論や仕事の話や時には馬鹿話をして、楽しく経営について学ぶという会でした。

入塾する前に私は一年間、自分なりに経営者としての考えをまとめ、塾の講義を通して

基本形が形造られたと思います。

自分の考えややり方で間違っていなかったと、確認することもありましたし、自分の底の浅さを

痛感することもあり、全く考えに無かった事を教示い頂いたりと、たくさんの事を学びました。

またメンバーとしても非常にユニークな方ばかりで、話していいて本当に刺激的で楽しかったです

昨年で入塾者は最終年となり、これからは今までの8期いる約50名のメンバーで形を変えて

年に2~3回ほど勉強塾を開いています。

私も社内で若手社員向けに勉強塾を開いていますが、それもこの狸穴塾を模倣したものです。

この塾は完全に非公開で塾生しか参加することはできないので、ご縁があって私が入塾する

ことができたのも本当に幸運でした。

もし、この狸穴塾に参加することができなかったら私の経営者としての考えをまとまるのに、

もっと時間を要していたと思います。

今でも折に触れ、講義で学んだノートを見返しています。

自分である程度スタイルを作り上げ、この人だと尊敬できる方に教示していただくと、

また違った考え方が生まれ、なおかつ自然に自分の身になるので、これからも塾長には

色々と教わっていきたいと思います!

父から「社長になるなら嫁さんはおらんとね。」と当時26,27歳の私は言われていました。

その時はそんなに結婚願望等もありませんでしたが、私も27歳でしたので、次に付き合う人は

結婚も視野に入れたうえで、お付き合いしようと考えていました。

いくつかお話のようなものは当時ありました。

しかし、勘違いした人のようでお話しするのも非常に恥ずかしいですし、実際はそんな事も

無いのでしょうが、長崎で少しくらいは会社の名前も知っていただくようになり、

地元の長崎では自分の中で勝手に「自分は色眼鏡で見られているのではないか?」

と思い込んでいました。当然ですが私の背景を考えずに私個人だけを見てくれる人を

探していたのだと思います。

そんな時、福岡で今の妻に出会いました。

ある先輩の結婚式の二次会で出会ったのですが、私は次の日の仕事もあったので二次会には

参加せずに帰ろうとしていたところを先輩に強引に連れられ「二次会まで参加するか。」

と思って参加していました。

妻も結婚式にはそもそも参加もしていなかったのですが、休みの日で近くに買い物に妻の姉と

二人で来ていたところをお姉ちゃんが二次会に呼ばれたので、付いて来たことが

出会うきっかけになりました。

私が妻を初めて見た時の印象は「若いなぁ」という印象でした。

それも当然で当時妻は21歳で私は27歳でしたから、6つ年も離れていました。

そんなに年が離れた人と付き合ったことが無い私にとっては、あまり想像できない印象でした。

しかし、その二次会の席で話をしている時に人当たりがとても良く、

その後二人で食事に行った時にも年齢からは想像できない、しっかり者の印象を受け、

「年齢の割にはしっかりしているなぁ」と年齢差の事も感じずに本当に楽しい会話ができました。

また、妻は長崎に来たことも無かったので「福徳不動産」と聞いても「???」という感じでしたし

仕事の話になった時も「私には全然分からないもん」とシンプルに私の気持ちを軽くさせてくれる

返答をいつもしてくれていました。

妻にとっては何の意図も無かったと思いますが、私にとっては唯一仕事を忘れる時間だったの

かもしれません。

当時の私も忙しかったので妻と会えるのも月に2回程度でした。

それでも私の仕事の事を理解してくれて、いつも仕事を優先させてくれました。

今でも私は思っているのですが、社長をしていると通常の勤めている働き方とは大きく異なります。

何か予想できないことがあって、明日突然無一文になる可能性だってあるのです。

そのような場合に奥さんが自分のもとから離れていっても、常識で考えて全くおかしい事では

無いのです。生活の事を考えれば離れるのが普通かもしれません。

もし、私が無一文になって妻が離れていっても、全く恨む気持ちは持ちません。

しかしそれでも妻は無一文になった私の傍にいてくれる女性であると思っています。

おそらくそうなった場合に「じゃあ、私が稼いでくるね。」と言って本当に稼いでくると思います。

そんな印象を受け、私は二年間お付き合いをした後に妻にプロポーズをしました。

いまでは可愛い娘にも恵まれ、楽しい三人家族生活を送っています。

妻と娘を幸せにするために仕事を頑張ろう。という意識はありません。

幸せにするのは男として当然だと考えているからです。

私は正直、仕事に生きています。忙しい時は月に一日も休みが取れません。

ですから妻には大変な思いはさせるかもしれないが、どんな事があっても必ず幸せにすると誓って結婚しました。

妻と娘には寂しい思いをさせていると思いますが、妻はいつも仕事第一優先で考え、動いて

くれます。私の妻は妻以外誰にも置き換えられない、世界で唯一の女性です。

本当に感謝しています。妻でなかったら、こんなに仕事も私生活も楽しくできませんでした。

だから妻に捨てられないようにもっと男を磨かないといけませんね(笑)


会社の経営をするうえで当たり前ですが、社長一人では会社は成り立ちません。

必ず一緒に仕事をしてくれる社員のみんなが絶対に必要となります。

その中でも社員の中でも一番トップの役員の方たちは重要です。

私には社長の片腕ともいう役員が3名います。

皆さんは中国の歴史書で「史記」というものをご存知でしょうか?

司馬遷が記した中国の春秋戦国時代~漢の国の中期までを記した歴史書です。

その中でも漢の国の初代皇帝は「劉邦」

劉邦が楚という国の項羽という人に戦で勝利して漢の国は中国を統一します。

劉邦と項羽。劉邦が最終的に勝利したのは側近達の能力を上手く引出し、適材適所に配置して

いったという点も、勝利の大きな要因です。

その劉邦の側近達としてたくさんの武官、文官がいます。

戦に勝利した後、劉邦が最大の勲功を与えた文官「蕭何」(ショウカ)

劉邦の指南役「張良」(チョウリョウ)。 背水の陣で有名な軍師「韓信」(カンシン)

劉邦の義弟で武将の「樊カイ」(ハンカイ)。切れ者の文官で劉邦の死後を支えた「陳平」(チンペイ)

他にもたくさんの側近たちはいます。

例えるなら私は社長ですので「劉邦」。

そして私の役員の人たちを例えると私の右腕たる専務の苑田は「蕭何」

専務は徹頭徹尾会社の内部統制や取りまとめ役をしてもらっています。

もしウチに専務がいなかったら私の社長としての時間の多くを社内の事に割かれてしまい、

今のように社長としてのパフォーマンスを100%発揮することはできないでしょう。

劉邦が戦場に一度も出ずに後方支援に徹して、劉邦軍を飢えさせなかった蕭何に最大の

勲功を与えたのがよく分かります。

私も専務がいるから外にも出ていくことができます。

福徳不動産は常務は二名います。

一人目は常務の小森。 上記に例えるなら「樊カイ」です。

小森は営業一色の常務で主に、新築マンションのコンサルや売買仲介を担当しています。

私も営業のきっかけを社長として作りますが、常に小森が外で営業活動を行い、

営業スタッフを叱咤激励し、時には自ら飛び込み営業を行うほど、営業としての姿勢を

スタッフに背中で教えていくようなこともしています。

劉邦が無骨者のハンカイに戦場で第一陣を任せるなど、重要な局面の戦場ではハンカイを

重宝し、自分の妻の妹を嫁がせた事も信用の表れだと思います。

二人目の常務は渕上。 上記に例えるなら「陳平」です。

渕上は本社である長崎県以外の地域の、佐賀・福岡の担当役員でもあり、主に賃貸営業、

管理営業、社内の損益など全体的な数値管理も行う、攻めと守りの両方を担当する役員です。

苑田と小森の間にいるような立ち位置になります。

社内の制度や数値管理など私が社長として思い描くビジョンを形にして、専務や社内各部署と

調整を行って実現化させていくのが渕上です。

渕上がいなければ私の思い描いたものが形になるのにもっと時間を要していたと思います。

また時には営業も行います。実際に佐賀エリアで福徳不動産の管理シェアを伸ばしていった

のは渕上個人の営業によるものです。

普段は文官として、時には戦場の軍師役として双方に活躍し、劉邦が死の床につき、

劉邦死後、国の統括を誰に相談すべきかと尋ねられた時、蕭何、陳平、夏候嬰の順に

相談せよと遺言した事も分かります。

また実際に陳平は劉邦の死後、混乱が起きた際に夏候嬰と二人で混乱を治め、漢の国に

安定をもたらします。

私は会社経営の一番の手本として、様々な歴史の成功・失敗を参考にしています。

詰まるところ組織が強くなるか、脆いかはリーダーによります。

そのリーダーにとって片腕は一番重要です。私は幸運なことに優秀な片腕の三人に出会うことが

できてラッキーでしたし、次の片腕もたくさん育っています。私が社長としてこれまで上手くいった

片腕の存在を今回は少し趣向を変えて、歴史になぞらえながら社内に焦点を当てさせて

もらいました。

社長に就任して現在に至るまでですが、基本的に私が行っていることに変わりはありません。

よく新卒採用の時に大学生から聞かれることが多いのですが

「社長の仕事って何をしているんですか??」と聞かれます。

正直、社長が何をしているかと言われれば全部かもしれません。

営業、管理、経理、総務と各分野の業務に関わっています。

しかし、私の社長としてのタイプでいえば「人事」に社長としての時間を今も多く割いています。

何かというとこれまでも前述してきたとおり、人材採用です。

これはどんな社長よりも時間を割いて注力していると胸を張って言えます。

細かい内容は過去に記載した通りです。

そして現在、去年から行っていることが「海外採用」です。

日本に留学している外国人学生を採用するのではなく、海外の大学で勉強をしていて、

日本で就職を希望している現地学生向けの採用を始めました。

最初は全く想像できなかったので、とりあえず行ってみるか!

という感じで行ってみたのですが、海外の学生の熱意と頭の回転の速さにはカルチャーショック

を受けました。

現在は韓国出身の子たち5名が福徳不動産で働いています。

今年は台湾、アメリカと回る予定です。将来的には東南アジアも考えています。

海外採用を始めた理由は、将来的な海外展開のためというのはもちろんの事、

現在、働いている社員のマインドを変えたい!という理由もあります。

当然ですが海外で生まれ育ってきたのですから、日本の習慣も文化とも異なります。

ビジネスに対するマインドも日本人とは違います。

5名の子たちがどういうマインドかというと、まず自分の伝えたいことをはっきりと表現します。

またビジネスの思考方法もストレートで最短でゴールにたどり着く思考傾向があると思います。

どちらも日本人の習慣からいくと逆かもしれません。

当然、韓国の子たちも日本で仕事をする以上、日本の習慣を踏まえて業務を行わないと

いけませんが、私は日本人も彼らのマインドを取り入れるべきだと思います。

今後のNETを通じた社会ではスピードが一段と求められます。

ミーティング、リレーション、採決と年々速さを求められます。

日本人の背中を見て覚えるや、遠回しの表現、決定までの時間のかけ方など、

社内において今後は改良していかないといけない習慣が多々あります。

日本の社員に海外から入社した社員が溶け込むことによって、福徳不動産の社内マインドを

一般的な日本企業とは少し違った風土にしたいのです。

社員のみんなも私が海外採用を始めた当初は、「なんで地方の中小企業が、海外展開も

していないのにわざわざ海外から採用するんだろう??」という感じだったと思います。

それは上記の理由があり、今ではみんな理解してくれていると思います。

また、仮に海外採用が時期として早かったとしても、実行しなければ将来思い描いている

会社像にはたどり着かないと考えているからです。

今は将来に向けて数々の布石を打っています。

どう実るかは分かりませんが、社員のみんながそれぞれしたい仕事を、まるで趣味のように

仕事を楽しくできる組織作りにこれからも注力していきたいと思います。

これで過去から現在までの私の主な半生は一旦、一区切りです。

私の予想以上に多くの方にこのブログを読んでいただいて、「ブログ読んだよ!」と声をかけて

もらい驚きました。

ただ私が今まで行ってきたことを、誰に向けて書くわけでなく、つらつらと書いてきましたが、

こんなブログでも読んでいただいたことに感謝感謝です!

次回からは少し趣向を変えて、今まで書いてきた内容の一部にスポットを当てて私個人や

会社の事を振り返って書いてきたいと思います☆

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

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