先日、仕事の関係で島原に行く機会がありました。
その折、私「福島」の先祖の土地が、島原の深江の大野木場だと
以前から聞いていましたので、立ち寄らせて頂きました。
私が親族から聞いた話では、「神社」の中に先祖の家があり、
梅の木がたくさんあって、梅家敷と呼ばれていたそうです。
確かに、行って見ますと「水原神社」があり、梅の木もありました。
ただ、そこは、雲仙の噴火時の火砕流に遭い、
全ての状況が一変し、「神社」も立て直されていました。
建立の寄付者の名前を見てみると、
「福島」「福嶋」「横田」の姓が多かったので、
親族の言っていた話は確かだったわけです。
火砕流に遭う前前でしたら、お墓とか、親族の家も訪ねられたかもしれませんでした。
でも、考えてみると、私の先祖が長崎に移住しなかったら、
火砕流に遭っていたかもしれません。
以前、イオンの創業者の家訓に、「大黒柱」を移すという話がありましたが、
我々は、状況しだいでは、永年住み慣れた愛着のある場所でも、
移り行かなければならないとも思いました。










